あまり知られていませんが、外苑スタジオのすぐ近くには、四谷怪談で有名な「お岩さん」をまつった神社やお寺があります。
ところで、これは、かれこれ二十年ほど昔の話です。当時は、携帯電話がやっと一般的に普及し出した頃でした。ある朝、土気色の顔をした一人のスタッフが僕のところに来ました。
「田辺さん、昨日Bst(外苑スタジオPART1のBスタジオ)に泊まったんですけど、出ました。」
「え? 出ましたって、何が?」
「お化けです。まあ、見てはいないんですけど、もう、ホント怖かったです。眠れませんでした。」
「えー!眠れないほど怖かったのー?」
「はい。だって、聞いてくださいよ。」と言って、彼の話は始まったのです。
その日は、スタジオの撮影が長びき、終了後の片付けを済ませた時には夜の10時を過ぎていたそうです。彼は、疲れていたことと、彼の家が遠かったこともあって、その日は家に帰らずにこのままスタジオに泊まってしまおうと考えたそうです。そうして、灯りを消し、横になり、うとうととし出したとき、突然スタジオのホールにある公衆電話が鳴りました。
時間も遅かったし、外部には番号を公表していない公衆電話だったため、彼は最初、電話に出るつもりはなかったそうです。でも、呼び出し音があまりにも鳴り続けるため、彼は疲れた体を起こし、公衆電話のところまで行き、受話器を上げ耳元に持っていきました。すると、電話は切れ、受話器からは「プー、プー、プー・・・」という音だけが聞こえていたのだそうです。
彼は怖くなり、気にしないようにするためにも早く寝ようとしました。すると、今度は地下一階のBスタジオではなく、二階のAstにある公衆電話が鳴り出したのだそうです。彼は毛布を頭からかぶり「早く、鳴りやめ、鳴りやめ・・」と心の中で何度も念じていました。
しかし、電話の音は鳴りやむどころか、一階のフロントにある公衆電話も鳴り出したのだそうです。そして、とうとう彼のいるBスタジオの公衆電話までもが、鳴り出しました。PART1の建物には、彼一人しかいない中、普段は鳴ることのない3台の電話が、一斉になり続けました。
彼は、勇気をふり絞って立ち上がり、Bスタジオの電話を取りました。すると、今まで鳴っていた3台の電話が一斉に鳴りやみ、手に持った受話器からは「プー、プー、プー・・・」と聞こえるだけだったそうです。それっきり、電話が鳴ることはありませんでしたが、彼は怖くて朝までろくに寝ることができなかったとのことです。
彼の眼は寝不足のため充血し、土気色の顔色は生気を失っていて、すごく気の毒な状態でした。
これが、彼の話してくれた『呪いの公衆電話事件』です。
ごめんね、スミ。本気で憔悴しているスミを目の前にして、とても言い出すことができませんでした。実はあの時、僕とスミの同期のスタッフ2人の計3人で、スミを驚かせるべく、PART2からPART1の公衆電話に電話を掛けたことを。その後、スミには「実は、あの時、、、」と言いそびれたまま、言い忘れて、時は流れていきました。今のスタジオに、スミを襲ったあの呪いの公衆電話はもうありません。
風の噂では、当時の元スタッフが集まると、今でもスミは怖かったあの夜の体験談をリアルに話すのだと聞きました。もう、誰ひとり、「実は、あの時、、、」と今さら言い出すことの出来ない、怖い、怖い、夏の夜のお話です。