天才

 「田辺さん、もぉ聞いてくださいよ~。」

 

 当時チーフだったSくんが、呆れて開いた口が塞がらない感全開で僕のところにやってきました。時は20世紀。平成ひとケタの頃のことです。

 

 

 Sくんが呆れていたのは、その日一緒にスタジオに入ったセカンドの○○くんのことでした。セカンドといっても○○くんは当時すでに入社から1年程、スタジオの中では中堅を担うべき存在でした。

 

 その彼が、ストロボの出力調節というスタジオワークの超基本を知らなかったことが判明したというのです。これって、料理人なら1年もやっているのに野菜や果物の皮をむけないとか。美容師さんなら今までシャンプーと思って使っていたものが実はコンディショナーだったとか。1年間、周りも本人も気付かないことのほうが不思議なくらい奇跡的なことです。

 

 「えーそーなんだ(笑)。すげー便利。そーだったんだー(笑)。」改めて正しいストロボの使い方を教わった彼は、悪びれることなく笑顔で関心していました。今思えば、彼にとってストロボの出力調節なんてどーでも良いことだったのだと思います。もちろん、普通ならお目玉食らって当然のことですが、彼の明るく憎めないキャラは周りをマジメに怒る気にさせません。

 

 その○○くん、その後まもなくスタジオを辞めていきました。当時、新しく創刊するモード誌の専属フォトグラファーに抜擢されたのです。

 

 

 思い返せば、スタジオの採用面接のとき、度肝を抜くようなパワフルかつエッジの効いた作品を持ってきた彼です。あれから20年以上経ちますが、あの時の衝撃を超えるような作品は未だに見ていません。スタジオ後、〇〇くんがトントン拍子で活躍の場を広げていったのも当然と言えば当然なのです。

 

 これまで、僕はこのスタジオで多種多様な才能を見てきました。そして、多くの方が日本中・世界中の色んな場所、様々な分野で活躍されています。そんな中、「天才」という言葉で真っ先に思い浮かぶのは彼一人です。センスがいいとか、写真が上手とか、他人と比べることの出来る“モノサシ”からは超越してしまっている存在。凡人の僕には、なぜ彼がシャッターを押せば、写るもの全てが超絶カッコ良くなるのか、まったくわかりません。

 

 で、何が言いたいか。

 

 数年前に数えてみたら、僕はこれまで面接を通して5000人以上のフォトグラファー(写真家・カメラマン)になりたい方々にお会いしていました。その中で、凡人の僕でもわかるほどの天才は、後にも先にも○○くん1人だけです。1/5000人。0.02%。

 

 ということは、4999/5000人、99.98%の人は自分が天才ではない分、それを補う努力がなくては同じ土俵で戦えないはずです。

 

 ちょっとそこのあなた、まさか自分のこと天才だと思っていません?